営業・取引上の検討事項

第1.売買契約・請負契約

 1.納期変更の可否

  新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴う休業要請や従業員の不在により、売買契約や請負契約の目的物の完成・引渡しが契約で定められた期限(納期)に間に合わない事態が予想されます。その際、契約の相手方に納期変更を申し出ることが必要となりますが、その際、納期の遅れが、新型コロナウイルス感染症の蔓延によるものであっても、法的責任を追及され得るものかどうかについて事前に検討しておく必要があります。

(1)民法に基づく債務不履行責任・契約解除

   契約の締結が民法改正法の施行日(令和2年4月1日)より前である場合、旧民法が適用されることになりますが(民法改正法附則17条1項、32条)、旧民法では債務不履行に基づき損害賠償及び契約解除を行う場合、債務者に帰責事由があることが必要と考えられています(なお、改正民法では契約解除の際に債務者の帰責事由は不要とされています(民法541条、542条))。

   そのため、新型コロナウイルス感染症の蔓延による納期の遅れが不可抗力であり、債務者に帰責事由がないといえる場合であれば、損害賠償や解除による法的責任を負うことはないことになります。

   この点、不可抗力による場合とは、外部的な要因によるもので、取引上あるいは社会通念上一般的に要求される注意や対策を講じても損害の発生を回避できない場合をいうとされています。

   新型コロナウイルス感染症の蔓延については、このような感染症の発生自体は予見可能であるところ、企業としてはこのようなリスクに応じた事前策を講じておく必要があります。そのため、十分な事前策を講じておいたにもかかわらず、新型コロナウイルス感染症の蔓延が想定をはるかに上回るもので、事後的に手を尽くしたものの、納期の遅れを回避できなかったような場合であれば不可抗力として免責を認められる可能性があります。

(2)不可抗力条項

   契約書において、一定の事由を不可抗力事由として列挙し、これに該当する場合には債務不履行責任を負わないとする不可抗力条項が定められることがあります。

   この点、まずは不可抗力事由として「感染症」や「疫病」が列挙されている場合には、新型コロナウイルス感染症の蔓延はこれに該当すると考えて良いものと思われますが、その場合であっても直ちに免責が認められるわけではなく、債務者が債務不履行による影響を解消または最小化するべく合理的な措置を講じたか否かが問題となる点には注意が必要です。

 

 2.目的物の受領拒否

  新型コロナウイルス感染症の蔓延による事情の変更により売買契約や請負契約の目的物が不要となってしまい、契約を解消してその受領を拒否したい場合が想定されます。例えば、あるイベント用に発注した目的物について、コロナウイルス感染症の蔓延によりイベントが中止となってしまった場合です。

  このような場合、契約を解消して目的物の受領を拒否することができるのか(対価の支払いを拒否できるのか)、受領を拒否することができない場合、相手方に対してどのような法的責任を負う可能性があるのか検討しておく必要があります。

(1)事情変更の原則

  契約書においてこのような場合に契約の解除が認められていなかった場合、事情変更の原則に基づく契約解消を検討することが考えられます。

  学説上、事情変更の原則はいくつかの類型に分類されますが、本件のような事案では、「契約目的の達成不能」による事情変更の原則の適用の可否を検討することになります。ここでいう契約目的とは単に一方当事者の主観的意思に留まるものではなく、当事者間において契約の基礎たる前提事情となっている必要があることを意味します。例えば、目的物にイベントの名称が記載されている等により、目的物を特定のイベントで使用することが明らかな場合が挙げられます。

  仮に、上記のような場合であって、新型コロナウイルス感染症の蔓延により契約目的を達成することができない事態に至ったとしても、契約を解除するためには、かかる事情の変更が予見不可能である必要があります。

  この点、判例上、事情の変更が予見不可能であるとの認定は非常にハードルが高く、本件でいえば何らかの感染症の蔓延が原因でイベントを中止することについては、少なくとも予見不可能であるとまではいえず、事情変更の原則の適用による契約の解除は困難と考えられます。

(2)受領拒否による法的責任

  目的物の受領を拒否する場合、改正民法上では、①相手方の善管注意義務が軽減され(自己の財産に対するのと同一の注意義務で足りる)、②受領拒否による追加の費用を負担する義務が生じ、③目的物の危険が買主に移転する法律効果が認められています(民法413条1項・2項、413条の2第2項、567条2項)。なお、旧民法においても解釈上、同一の法律効果が認められていました。

  また、受領を拒否する側は対価の支払いを拒否しているところ、受領拒否(解除)が認められない以上、対価の支払いを遅滞することによる法的責任(遅延損害金等)を負うことは避けられません。

第2.賃貸借契約

 1.休業要請に基づく休業と賃料支払拒否

   現在、新型コロナ感染症の蔓延防止のため、都道府県知事から営業自粛の要請がなされていますが、これに応じて営業店舗が休業した場合にその間の賃料が発生するか問題となりえます。

契約書においてこのような休業がなされた場合に賃料が発生しない旨の条項が定められていればそれに従うことになりますが、そのような条項は存在しないことが一般的と思われます。その場合、都道府県知事の要請により、賃料の対価である賃貸人が賃借人に対して賃貸物件を使用収益させる義務を履行できない状態(履行不能)に陥っているかと評価できるかについて検討することになります。

この点、履行不能とは「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能である」ことをいいますが(民法412条の2第1項)、本件のような場合、履行不能かどうかは都道府県知事からの休業要請の法的根拠や内容、新型コロナウイルス感染症の蔓延状況、賃貸物件の使用目的等の諸般の事情を考慮して決定することになります。

特定の法律に基づかない都道府県知事による休業要請について一般的に履行不能と判断することは難しいと考えられますが、例えば、その地域において新型コロナウイルス感染症の蔓延が急速に拡大していること、対象物件が多数の人が集まる施設等で新型コロナウイルス感染症拡大防止のために休業の必要性が高いこと等の事情は履行不能であることを肯定する方向に働く事情と考えられます。

 

 2.売上減少に伴う賃料減額請求

   新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴う外出自粛などにより売上が激減したことが原因で家賃負担が重くなったことにより、賃借人が賃貸人に対して賃料の減額交渉を申し出ることが考えられます。このような減額の申入れを行うに際して、そもそもこのような申し出について法的根拠が認められるか検討しておく必要があります。

   この点、借地借家法32条1項は、「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」、賃料の減額請求を認めています。

   上記の事由は例示列挙とする見解が一般的ですので、新型コロナウイルス感染症の蔓延による経済事情の変動も対象となり得ますが、同条による賃料の増減額は恒久的なものであるところ、新型コロナウイルス感染症の蔓延による売上の減少はあくまで一時的なものと考えられるますので同条による賃料の減額が認められるハードルは高いと考えられます。

第3.債権回収・与信管理

 1.信用不安に陥った取引先

   新型コロナ不況により経済的窮地に立たされた場合であっても、まずは取引先の事業継続を支援することを通じて、中長期的な債権回収の途を模索することが合理的な判断と考えられます。

   しかしながら、元より利益や資金力が十分ではなかった取引先については、新型コロナ不況を契機に信用不安に陥ってしまう可能性も否定できません。このような場合、債権者としても、債権保全策を講じる必要がありますが、代表的な対策について説明してみたいと思います。

(1)新規取引の縮小・停止や取引条件の変更

   まず、これ以上の与信リスクを回避するために、取引量を制限したり、新規取引を中止することにより相手方に対する債権額を減額させることが最も基本的な対策として考えられます。

   また、保全の必要な債権額を減額するために、取引サイトを短縮したり、前金取引に取引条件を変更することも対策の一つに挙げられます。

(2)担保取得

   さらに、取引継続と引換えに担保の提供を要請することも考えられます。この点、コロナウイルスの場合、自然災害とは異なり機械設備や建物等が被害を受けるわけではないので、このような所有物件について担保を取得することで、債権保全を図ることが可能です。

   一方で、売掛債権や在庫等について集合(債権)譲渡担保を設定することについては、その対象の財産的価値に留意する必要があります。すなわち、コロナ不況により当該売掛先の経営状態も悪化している場合や市場の冷え込みにより在庫等の換価に影響が出る可能性も考えられます。

 

 2.倒産見込みの取引先

   このような債権保全策を講じたとしても、債務者の資金繰りが悪化し、倒産の見込みが高くなってしまった場合、速やかに債権回収に着手する必要がありますが、その場合、次のような手段が考えられます。

(1)期限の利益の喪失

   まず、債務者に対する債権回収や担保実行に着手するために、契約書上の条件に基づき期限の利益を喪失させ、債権回収の前提条件を整える必要があります。期限の利益がある場合、弁済や相殺、担保権の実行を行うことができません。

(2)契約解除

   経済的な危機状態にあるにもかかわらず、その債務者との取引を継続し、商品の納入等を続けることは被害の拡大を招くことになりかねません。そのため、直ちに取引先の債務不履行等を理由に契約を解除し、取引を中止する必要があります。

(3)担保実行

   取引先に対して、所有権留保、債権・集合物債権譲渡担保を有する場合、いち早くその実行に着手する必要があります。経済的危機に陥った債務者が担保の目的物を処分する可能性は少なくなく、仮に、処分されてしまえば担保権を実行できなくなる可能性が高くなるためです。

   また、上記の非典型担保権のみならず、動産売買先取特権や商事留置権などの法定担保権が成立する場合であっても、債務者による処分により担保実行が難しくなる可能性があるため同様に速やかに担保権の実行に着手することが重要となります。